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おにメモ

SIerを辞めてフリーランスになったシステムエンジニアのブログ。

早逝の天才棋士を描いた映画「聖の青春」が面白い

嫁>松山ケンイチが出ている「聖(さとし)の青春」がみたい

というわけで、世界の片隅にがブレイクしている最中、映画「聖の青春」を見てきました。

結論。むっちゃ面白かったです!

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わずか29歳で早世した天才棋士村山聖が亡くなる直前の数年を描いた作品です。

聖役を松山ケンイチさん、生涯のライバルとなる羽生善治役を東出昌大さんが好演しています。

プロ将棋の世界って、最近はアニメ「3月のライオン」やプロ棋士vsコンピュータの「電王戦」で盛り上がっているイメージですが、詳細不明なところがありますよね。そういう世界をのぞく、という意味でも面白そうじゃないですか?

村山聖って?

村山聖は、今も将棋界のトップランカーとして君臨し続ける天才棋士羽生善治と同世代のプロ棋士です。いわゆる羽生世代と呼ばれる人ですね。

幼少の頃に「ネフローゼ」という難病にかかってしまい、高熱と体調不良に悩まされる日々を過ごしていたそうです。

入院している最中に将棋の世界を知り、そこからメキメキと実力をつけ、あっという間に段位を駆け上っていきます。

Wikipediaによると

奨励会員時代から「終盤は村山に聞け」とまで言われたほどであった。その代表的なエピソードは、村山を含む棋士達が、A級順位戦の対局を関西将棋会館の控え室で検討していたときのことである。そこへ、関西の大御所で詰将棋作家でもある内藤國雄が入室してきて「駒(持駒)はぎょうさんある。詰んどるやろ。」と言う。そこでほとんどの棋士達が一斉に詰み手順を検討し始めたところ、「村山くんが詰まんと言っています。」という声が上がる。後に内藤は「詰みを発見しようという雰囲気の中で『詰まない』と発言するというのは相当な実力と自信」と賞賛している。

というほどの実力と自信を兼ね備えていたそうです。勝負師としてのプライドが垣間見える、カッコイイ逸話です。

天才は天才を意識する、というわけで、自然、彼は同世代の最強棋士羽生善治七冠を意識し始めます。

村山聖羽生善治に追いつくために東京に移住し、病気に苦しみながらも棋力を高め、勝負の世界に挑み続けます。

映画自体は、だいたいこのあたりからのスタートになりますね。

見どころは?

松山ケンイチ東出昌大の怪演です(笑)。

将棋の強い人=天才=変人というのが世の中の見方でありまして、ゆえにどんなに変人に演じても「将棋強い人だから」の一言で許されます。

というわけで、二人とも、いかに「挙動不審者」を演じるか、という点で、激しいせめぎあいをしています。夜道を歩いていたら、警察に補導されるレベルの怪しさが満載で、その演技力に舌を巻きます。

どちらかというと、私は脚本(ストーリー)指向なので、あまり俳優の演技には注意を払わないのですが、本作は二人の怪演が面白すぎて、映画に没入してしまいました。あんまりない経験だったので、新鮮でしたね。

演技が面白い上に、脚本もところどころみ、村山聖という強烈な個性とのギャップを狙ったコミカルなシーンが散りばめられており、最後の最後まで退屈せず、興味を持って鑑賞できます。

そういった展開で面白さも担保しながら、真剣な将棋による勝負シーンは、まるで真剣を構えて睨み合うかのような、凄まじい緊張感が映画館を包み込みます。

まじで俳優すげえ! と背筋が痺れましたね。

将棋盤を睨みつけるだけの、ただそれだけの演技で、ここまでの緊迫感が出せるのか! と驚きました。何もない、セリフすらもない空間だからこそ、俳優の演技がはえます。ただただ、我々は固唾をのんで見守るだけ。そんな空間に身を置けたことが、この上もなく幸せでした。

そんな素晴らしい青春を過ごしつつも、聖の体はだんだんと病魔に蝕まれていきます。

映画内で、村山聖羽生善治との会話でこう言っています。

「病気があったから、僕は将棋と出会い、羽生さんと戦えた。神様のすることって僕にはわからないです」

天才棋士として燃えつきる人生と、将棋とは無縁だけど健康で大過なく幸せな家庭を築いて死んでいく人生。聖は選べるとしたら、どちらを選んでいたのでしょうね。